終電後はタクシー捕まえるのが大変だった。近距離だと露骨に乗車拒否だったし。
バブル絶頂期を地方都市で過ごした者だが、地方都市にはさしてバブルの恩恵はなかったな。静かなもんだった。そのくせ不況になるとまっさきに地方都市に悪影響が出た。悲惨である。
日立製作所がTDLで入社式やったんだぜ。俺はヒルトンホテルに泊まってた。
当時貧乏大学生だったが、街を走る高級車がやたらと増えたことは覚えている。
とにかく飲み屋で不動産屋が凄かったな! ジャケットの内ポケットから出てくる300万円の札束。それから、証券会社の20歳の女の子の1回のボーナスが100万円を超えてた。
家買うと、その県がもらえたっけ。
銀行は入るの簡単だったけど、残るのは大変。大学のゼミの仲間が10人金融に入社したが、20年後の今、残ってるのは1人だけ。合併で居場所が無くなったり、銀行そのものが潰れたり、外資に買われて待遇が落ちて辞めたりしてる。全然、安泰じゃなかった。しかも、そういう人に限ってコンサバな女(ガツガツした女)と結婚していたせいで、リストラされると嫁からも見捨てられてる。同窓会ができないよ。
バブルの時はハワイで1ヶ月70万円使って......、親にしかられました。
定期預金で金利10%を付けた金融機関があったな。
零細設計事務所の知人が、移動にヘリコプター使ったり、石を見にイタリアなどへちょくちょく行ったりしてたって言ってた。
当時はラーメン1杯1万円だったな。
バスガイドやってたけど、給料袋が立ってた。で、チップもらって、ドライブイン寄ればチップにお土産、当たり前。何処行っても食事もドリンクバーも無料。貯まった貯まった。
よく竹やぶで1億円が見つかった。
タクシー止めるときに、手を上げるだけじゃなくって、運賃2倍出すなら指2本、3倍出すなら指3本ってな出し方だっけ? それとも指1本で1万円だっけか......。もう忘れちゃった。
半年ごとに昇給してたなあ。今じゃ水平か降給しかないわ。
あと、1000円のアイスクリームというのが売っていたけど、俺は食べたことがあるけど、凄く不味かった記憶がある。
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